福岡地方裁判所 平成2年(行ウ)25号 判決 1992年2月28日
鹿児島県鹿児島郡桜島町松浦二番
原告
李信子
右訴訟代理人弁護士
亀田記徳一郎
東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被告
国
右代表者法務大臣
田原隆
右指定代理人
福田孝昭
同
坂井正生
同
樋口貞文
同
荒津惠次
同
木原純夫
同
白濱孝英
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、金五二一一万九六八五円及びこれに対する平成二年二月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、税務署長が行った所得税更正処分及び過少申告加算税の賦課決処分に基づいて被告が原告から徴収した金員が、右課税処分が無効であるため法律上の原因を欠く不当利得であるとして、その返還を求めるものである。
一 争いのない事実
1 福岡税務署長は、昭和四九年四月九日、原告の昭和四六年分及び昭和四七年分の所得税に関し、次のとおり更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした(以下これらを一括して「本件課税処分」という。)。
(昭和四六年分)
総所得金額 一四八万三八二九円
内訳 不動産所得の金額 五六万九四〇〇円
雑所得の金額 九一万四四二九円
納付すべき税額 一一万六五〇〇円
過少申告課税額 五四〇〇円
(昭和四七年分)
総所得金額 三六二六万七五三一円
内訳 不動産所得の金額 五三万八二〇〇円
雑所得の金額 三五七二万九三三一円
納付すべき税額 一八一七万二〇〇〇円
過少申告課税額 九〇万八四〇〇円
2 原告は、本件課税処分につき、昭和四九年七月四日、福岡税務署長に対して異議の申立てをしたが、異議申立期間徒過を理由に、同年九月一三日、同署長より本申立てを却下され、右課税処分は適法に確定した。なお、原告は、福岡税務署長を被告として、平成二年二月九日、本件課税処分の取消等を求める訴訟を提起したが、同年九月一二日、同訴えを取り下げた。
3 原告は、本件課税処分に基づき、平成二年二月九日、延滞税も含めて五二一一万九六八五円を被告に納付した。
二 争点
本件の争点は、本件課税処分に重大かつ明白な瑕疵があるか否かである。この点に関し、原告は、本件課税処分は、原告が申告した不動産所得のほかに、株式売買による雑所得があったとしてなされたものであるが、原告は株式売買をしたことはなく同取引による所得は存在しないから、本件課税処分には重大かつ明白な瑕疵があって無効である旨主張する。
第三争点に対する判断
一 行政処分が無効であるというためには、行政の安定とその円滑な運営の要請から、処分の取消し訴訟の提起を一定期間に限って認めた法の趣旨に鑑み、原則として、当該処分の瑕疵が重大かつ明白であることを要し、行政処分の無効を主張する者は、行政庁の認定に右のような重大かつ明白な誤認があることを具体的事実に基づいて主張することを要するものと解される(最判昭三四・九・二二民集一三巻一一号一四二六頁)。
そして、行政処分の瑕疵が明白であるか否かは、処分の成立した時点において、外形上、客観的に、何人の判断によつても、行政府庁の認定に誤認のあることが一見して看取し得るかどうかにより決すべきものである(最判昭三六・三・七民集一五巻三号三八一頁、最判昭三七・七・五民集一六巻七号一四三七頁参照)。
しかるに、本件において原告は、単に本件課税処分が株式取引による所得がないにもかかわらずなされたものであるから無効であと主張するだけで、福岡税務署長の本件課税処分の所得の認定に、外形上客観的に明らかな瑕疵があると判断し得るような具体的な事実は何ら主張していない。右のような原告の主張は、本件課税処分の取消原因としてならともかく無効原因の主張としては、主張自体失当というべきである。
二 もっとも、課税処分の過誤が必ずしも一見してあきらかとはいえない場合であっても、当該処分における内容上の瑕疵が、課税要件の根幹についてのもので、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお、不服申立期間の徒過による不可争的効果の発生を理由として、被課税者に右処分による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的事情のある場合にまで、無効の主張を許さないものではない(最判昭和四八・四・二六身集二七巻三号六二九頁参照)。
しかし、原告は、本訴において、株式売買による所得はなかった旨主張するのみで、本件課税処分が株式売買による所得を基礎としたことが著しく不当と認められるような事実は何ら主張していないから、右のような例外的な場合に該当するということもできないと言わざるを得ない。
三 よって、原告の主張は理由がないというべきである。
(裁判長裁判官 湯地絋一郎 裁判官 永野厚郎 裁判官 片山憲一)